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2005-10-31 14:08

愛犬ギャル子の一生

そんなゴウは本当に偉いのだ。ご飯を持って行くとおあずけなんてとてもじゃない出来ないが、「戴きます」を
必ず言う。「いただきますは?」と言うとワンと一回吠えてから食べる。お腹が空いて我慢できないときは「ひ
ゃん」と、なんとも調子っぱずれな声を出してご飯を急いた。
これはギャーちゃんはだめだった。何度教えても言わない。最後には怒ってぐるるるる~と威嚇した。
彼女はおやつにしても、ご飯にしても何でも食べた。チーズが大好きで一時食べさせていたら、毛がキラキラ光
って本当に綺麗だった。金色だった。チョコレートも食べた。そんな、なんでも食べる彼女の一番の好物は柿だ
った。なりふりかまわず食らいついたものだった。父はこたつでよく柿を剥いた。ギャル子が嬉しそうに食べる
ので何個も何個も剥いていた。そんな父もまた嬉しそうだった。
いつの事だったか、もう記憶も曖昧であるがまだまだギャル子が赤ちゃんの時のことだ。
父は毎晩ビールで晩酌をする。これは昔からの決まり事のように一日も欠かしたことはないのだ。その日も変わ
らずこたつでビールを飲んでいた父が、何を思い立ったのか急にギャル子にビールを飲ませたのだ。飲ませた、
と言ってもほんの少量舐めさせただけだったと思うが、これがギャル子にとっては大変な事になった。急に興奮
しだしたと思ったらまともに歩けなくなって(いわゆる『千鳥足』だ)あちこちにおしっこをして歩いた。その
場に誰が居たのかはあまり覚えていないが、そこにいた全員が腹を抱えて笑った。犬が酔っぱらうなんて前代未
聞だし、本当にそんな事があるなんて全くもって考えられなかった。父はやはり嬉しそうにギャル子を抱きしめ
て笑っていた。
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2005-10-26 23:10

私の戦い

苦しいときがあったし、悲しい時もあった。私はたったの29年間で何度死にたいって思っただろう。
でも、今は生きたい。なにがなんでも生きたい。
私に生きる希望をくれたのは主人だった。というか主人の遺伝子達だった。
遺伝子達は万歳してお昼寝してるし、暇そうに大あくびをしていたり・・・。
でも、この子達の将来をどうしても、どうしても見たいのである。
例えば、この子達の幸せを神様が約束してくれたとしても置いて行くことはできない。
それならばいっそ確定された幸せよりも、私の力で幸せに出来る限り導いてやりたい。
それぞれどんなパートナーを見つけてくるのかな。ママみたいに最高の人を選んでくれたらなぁ・・・。
なんて思いつつも、今日は薬の効き目が悪いのか、体調が悪いのか発作が出そうになったり、頭痛に襲われたり。
小学校の時からの病気にいまだに恐れて、いい加減慣れればいいのになんて思いつつ・・・。
せめて子供がそばにいないときに発作が起きてくれればなぁ。この子達が怖がる姿は見たくないし、
この先も私が病気だと言うことを知ってほしくはない。
それが私の幸せかもしれない。
こういう風に思えるのは病気があるからだろう。助けてくれる主人がいる。
わたしはなにもかもを持っている。

2005-10-24 11:04

愛犬ギャル子の一生

前にも記述しているようにギャル子は夏はいつも庭で日光浴を楽しんだ。私が仕事を始めて少ししてからだった
。ちなみに私は諸事情により定時制高校へ一年遅れで通っていたため、この頃は16~7歳くらいであったと思
う。定時制では学校自体は夜間である為、昼間は仕事に就くことが原則だった。
いつものように仕事の帰りに父に迎えに来てもらった。車中で、父は今日の出来事を話してくれた。
「今日は、ゴウ君は偉かったんよ。ギャル子がゴウの近くに行ったんだ。そしたらゴウの餌があって、ギャル子
がそれを食べようとしたんよ。そしたらゴウが怒って。。。」
車が赤信号で止まった。
「それから??どうなったん??」
私は先をせかした。父は続けた。「ゴウ君、ギャーちゃんを押さえつけてワンって吠えたんだけど、それだけで
噛まんかったんよ。」ゴウは分かっていたのか?自分を押さえる事を。そしてギャル子が女であり、弱き者であ
ることが・・・。犬なのにやるな!と私は帰ってすぐゴウの所へ行って頭をなでてやった。ゴウのそういう紳士
な所は是非人間である現代の男共にも見習ってほしいものだ。

2005-10-20 17:15

愛犬ギャル子の一生

ギャル子はお風呂があまり好きではなかったらしい。いつも一緒に姉が入れていたが、ある日風呂場から姉の悲
鳴にも似た「痛いっ!!」という叫び声が聞こえた。間もなくギャル子はお風呂から飛び出て来てまだびしょび
しょの身体をこたつの中にもぐらせた。
「どうしたん?」
風呂場に行ってみると姉が血を流して立っていた。
・・・乳首・・・
そう、よりにもよって姉の乳首をギャル子は噛んだのだった。それは勿論のことであるが、かなり痛そうだった
。結構な量の血が流れ出ていた。姉は母に治療をしてもらい、そしてそれから二度と一緒には入らなかった。
こんなこともあった。
なにが原因かはよく覚えていないが、多分私がちょっかいを出したことから始まったのだと思う。あれは夕方の
事だったと思う。なぜなら、確かそこには夕飯の支度をしていた母の姿があったからだ。
私はギャル子と彼女のお気に入りのパンダのぬいぐるみで遊んでいた。気が付くと私たちは母の居る台所まで移
動していた。きっと遊びがヒートして喧嘩になったのだろうと思う。彼女は私の左手の親指を思い切り噛んだ。
傷跡も残ってないし、きっとたいしたことでは無かったのかも知れないがその時の私は指が無くなったと思った
。なぜなら、びっくりするくらい痛かったし、かなりの血が出たと思ったのだ。指はしびれて動かなかったし、
なによりギャル子の目の色が変わっていたのだ。攻撃的な目だった。鋭い光を放ち苛立っている彼女の気持ちが
分かった。私は怖くなって泣いた。それを一部始終見ていた母は笑った。
「犬と本気で喧嘩して負けるなんて・・・」
それはそうかも。だってギャル子はまだまだ赤ちゃんだったし、なにより小さかったもの。

2005-10-19 18:48

ちょっぴり幸せ

息子の慶ちゃん今日で3歳!でも、入院中で外泊許可をもらってのお誕生日となりました^^

2005-10-13 10:04

愛犬ギャル子の一生

うちの家族はとにかくギャル子を甘やかした。誰が見ても親馬鹿で、時には誰の目から見ても馬鹿な親であった
。ギャル子は私たちの中では子供と同じ感覚で、それは家具にも表れていた。食卓には子供用のハイチェアーが
用意され、夕食時になると彼女はその上に座らされ同じように食卓についた。その当時は4人家族であった為、
食卓もそれなりの4人掛けであったが、ギャル子は5人目のちょっと狭い場所に椅子を置いてもらっていた。そ
れに、彼女用に籐の座椅子まで用意してもらった。そこはしばらくはギャル子の寝床になったが、彼女の成長は
誰にも止めることが出来ず、その一人掛けの小さな座椅子はほんの何ヶ月しか出番がなかった。他人が見れば、
赤ちゃんでも産まれたのかしら?と思わせてしまっても仕方がないような家具や食器の山は、記憶にもとどまら
ないほどの短い期間で幕を閉じた。子供の成長もそうであるが、子犬の成長もそれに匹敵するぐらいの早さであ
る。いや、当たり前であるが動物のそれは本当に驚かされるほどである。そう、ギャル子は私たちや病院の先生
の心配をよそにたくましく丈夫に育ってくれたのである。

2005-10-10 17:30

愛犬ギャル子の一生

ギャル子がうちにやってきてすぐのことか、今はもう記憶も定かではないがまだまだ幼い頃の話である。病院に
連れて行ったりいろいろ用途があるだろうから、とギャル子の籠を買ってきた。いや、正しくは記憶にないのだ
がとにかくうちに持ち運びの出来る籠があった。私は、一度ギャル子と二人で留守番を頼まれた事があった。そ
の時、私はギャル子を籠の中にしまい込んだ。ギャル子は私を見ていた。片方の目でジーッと見ていた。どうし
て??出して??と言わんばかりにジーッと。
何故か?私は自信が無かったのだ。正直言うと、恥ずかしながら怖かったのだ。留守番を頼まれてすぐ色々な
【あるかもしれない】
予想が頭の中を駆けめぐったのだ。その時期、彼女は歯が生え始めていたらしく至る所をガジガジやっていた。
こたつテーブルの四つ角は木が削られて悲惨なことになっていたし、ギャル子のお気に入りであったパンダのぬ
いぐるみは腕が皮一枚で繋がっていたという現状であった。【おしっこしちゃうかも】【噛まれちゃうかも】と
ありもしない想像で自信をなくした結果、ギャル子は籠の中、という定義が私の頭を一分の隙もなく埋め尽くさ
れたのだ。

2005-10-06 14:43

愛犬ギャル子の一生

「もう、長く生きられない」ギャル子はみるみる大きくなって、そしてみるみる太っていった。
いつの頃からか、彼女は目がない方にぺろっと舌を出すのが癖になっていた。そしてそれはずっと出続ける事に
なった。いつ見ても、どこにいても、何をしててもぺろ~っと出ていた。
ある寒い冬の日、外は雪が降り積もって庭の松の木も、つんつるてんになっているサルスベリの木も雪化粧をま
とっていた。私は何気なくギャル子を見た。ふと、いつものようにホットカーペットの上でくつろいでいたギャ
ル子の舌を触ってみたくなった。そ~っと手を伸ばして、背中を丸めて「くふん~」と幸せそうなギャル子の口
元に近づいてみた。触れた瞬間ギャル子は今までの幸せが夢だったかのようにピクッと上半身を起こして迷惑そ
うに私を見た。
彼女の舌は乾燥キクラゲのようにカリカリになっていたので私は面白くなって何度も何度も触った。彼女はその
度にうっとおしそうに舌を引っ込めた。頭をあっちに向けたり、こっちに向けたりしていたが最後にはやれやれ
とその場から退散してはこたつに潜っていった。
そう、そうだった。ギャル子は寒がりの暑がりであった。
ギャル子のトイレは家の中にあり、そこは良く日の当たる縁側の一角を占領していた。しかし彼女は日中は必ず
庭に出て用を足した。冬の寒い日は何度も何度もガラス戸のところでためらった。二度三度とためらった後に意
を決して庭に出たものだった。松の木の下で用を足し終わると、同時に、ピューッと戻ってきては震えながらガ
ラス戸を前足でカリカリ掻いた。ギャル子の足を洗うのはもっぱら父の役目であった。うちの家は裏口から入っ
たところが物置のようになっていて、そこに水道がある。ギャル子の足を洗ったり、魚の掃除をする時に使うの
だ。裏で足を洗ってもらうと台所の床をカチャカチャ言わせ、一直線にこたつに潜るのであった。
そのスピードはカールルイスも驚くであろうほどで、私たちはそんなギャル子をよく笑った。夏は夕方涼しくな
るまで庭に出ては日陰でベロを出していた。夕食近くなるといつものように裏にやってきては足を洗ってもらい
家の中に入ってきた。歩くのもだるそうで冬の元気は何処に行ったものだろうと思わせる程であった。

2005-10-05 10:56

もう8年か・・・

下の姪っ子の誕生日が3日でした。あれからもう8年・・・。里乃も同じ病院で産ませてもらったのでよく覚えています^^

プロフィール

a-key

  • Author:a-key
  • 島根県浜田市出身、大阪府岸和田市在住のママです。
    方言が混じって変なイントネーションなママです。

    コーヒーでもすすりながら美味しいオヤツの友にブログでも覗いて行ってね。
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